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[有害サイト対策法案] 自民党案への懸念点について

2008年5月30日
株式会社ディー・エヌ・エー
ネットスター株式会社
マイクロソフト株式会社
ヤフー株式会社
楽天株式会社

1.定義について
 ○ 何をもって「有害」と感じるかは国民一人ひとりの価値観によって違いがあり、それを国が定義し画一的な価値観を強制することは、「表現の自由」との兼ね合いから問題である。将来的に拡大解釈される可能性も否定できないので、例示であっても控えるべきである。
 ○ 「違法な情報」に民事法上、行政法上の違法情報まで含まれると、極めて対象が広範囲に及ぶだけにと止まらず、裁判所の判断を待たずに事業者が広範に表示規制をしていく結果を招来し、「表現の自由」との兼ね合いから問題がある。また、刑事法のみに限るとしても、親告罪の取り扱いや従犯の取り扱いまで考えると対応が非常に困難であり、正犯に限りかつ刑法(猥褻)、児童ポルノ禁止法、売春防止法、麻薬取締法など限定列挙する必要がある。

2.フィルタリングの位置づけについて
 ○ フィルタリングは、利用者の多様な価値観の存在を前提とした「選択」のための技術である。フィルタリング技術が有害情報対策にも貢献できる部分は否定しないが、本来は、利用するサービス(例えばショッピングやコミュニケーションサイト)と、利用しないサービスを、各家庭の価値観(=基準)に基づいて子どもの成長に合わせて「選択」可能とするためのものである。この点を忘れて統一的な認定基準の策定を前提に、情報を「一律に遮断」するための手段としてしまうことは、フィルタリングを世間の正しい理解から遠ざけるだけでなく、利用者にとっての利便性にも欠けることからその普及も阻害する。

3.指定青少年有害情報フィルタリング推進機関の制度の創設について
 ○ 国がその業務等について関与する団体が情報選別の仕組みに権限を持ちうる限りは、国による実質的な情報統制にほかならないと考える。その意味でフィルタリングの基準の策定とフィルタリングソフトウェアの認定をする機関について、それが指定であれ、登録であれ、届出であれ、国による関与がみとめられる以上は、国による有害基準の策定と差がなく、問題である。
 ○ フィルタリングの基準は、有害だけが基準となるわけではなく、子どもの成長に合わせた情報への接し方をどのようにコントロールするかという点にあり、有害の基準を認定することはもちろん問題であるが、さらに有害以外の基準まで含めて認定とするような制度となるのであれば制度の無用な拡張につながる。
 ○ 従来、フィルタリング提供会社は外部の基準を参考に、それぞれのノウハウの積み重ねによって実際の基準を策定して運用してきており、それを画一的な認定基準に統一することは、フィルタリング会社間の競争を阻害させ、結果として間接的に国が認定する一種類のフィルタリングだけが残りかねない。